図書館豆知識 31
質問(1) |
最近、テレビを見て刀剣について興味を持った。出雲にはどのような刀鍛冶がいたのか知りたい。 |
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回答 |
出雲地方には、平安時代後期から明治時代まで様々な刀工がいました。その中でも特に有力な勢力として兼常(かねつね)一門と雲州冬広(ふゆひろ)一派がありました。 どちらの門派も1530年代に県外から移住しており、兼常は岐阜周辺、冬広は福井周辺から来ています。はじめは美保関で鍛刀をしていた両門派ですが、兼常一門は後に朝山町や今市町の周辺に居を構えていたようです。鍛えた刀の中には、出雲大社へ寄進されたものもあります。 雲州冬広一派の六代目冬広にあたる高橋長信は、斐川町三分市出身で幕末明治期の人物です。13歳の時に松江に移り、雑賀町の高橋幸之助(または幸助)の門人になり、のちに養子として跡を継いでいます。刀工としての腕は高く、松江藩のお抱え刀工、そして藩士にも列せられました。 |
参考文献 |
『明治百年 島根の百傑』(島根県教育委員会 発行) |
質問(2) |
「ふきのとう」と「ふき」は、同じ仲間ですか。 |
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回答 |
「ふきのとう」と「ふき」は同じひとつの植物です。ふきの花が、ふきのとうと呼ばれています。 ふきは、オス(雄株)とメス(雌株)とに分かれている植物です。ふきには地下茎(土の中の茎)があり、雪解けの頃、この地下茎からふきのとうが生えてきます。 花が終わる頃、地下茎から今度は葉が伸びてきます。これが、私たちが「ふき」と言っている、長い茎(葉柄)に大きな葉がついているものになります。ふきのとうが成長して「ふき」になるわけでなく、同じ地下茎からそれぞれに生えてきます。 |
参考文献 |
『ふきのとう』(福音館書店 発行) |